タイで30年 テレビ・CM製作のコーディネーター タイミカサ

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久しぶりにオカマボクサーパリンヤ撮影しました。

ここ数年遠ざかっておりましたパリンヤですが、暫く振りに撮影する事になりました。
彼が15-6歳の時位までには、当時のチェンマイ、所属ジムオーナーとの繫がりで
頻繁な取材がありました。個人的にも親しくなっておりました。バンコクにては、タレ
ントとの一騎打ちなどコーディネート致したりしました。モエタイは、確かに強かった
ですね。試合度胸良くて空中殺法が得意で、飛び上がって相手の頭にひじ打ちなど
が多く見られました。モエタイボクサーとしても、それなりに名を上げたかも知れませ
んが、オカマボクサーを売り物に、人気を持ったのは彼ならでもありました。性転換
前は、ラジャダムヌンにもルンピニにもリングに上がることが出来ました。モエタイの
リングは、日本の相撲の土俵と同じように女性は上がることが出来ません。先頃の
女性モエタイ選手も、もちろんラジャダムヌンやルンピニには上がれず、特別仕立て
のリングとなります。ですので今のパリンヤでは、ラジャダムヌンもルンピニでもリン
グの勇姿は見られません。現在は、モデリング、タレント、イベント出演など、所属の
芸能コングマリットのグラミー社の傘下で仕事をしております。ミスオカマユニバース
などに出たりしましたが、現在のタイのオカマさんの美のレベルは非常に高く、オカ
マでは秀でる事は出来ません。もっときれいなオカマがメデイアの寵児です。パリン
ヤからモエタイを取ってしまったら、只のオカマですね。残念ながら。。。。。。。。。。
ここで生い立ちを追ってみます。
名前はパリンヤ ギエットブスパー 1981年6月9日生まれの28歳
父親:バンジョン チャルンポン 68歳 母親:アンポン マニチョーク 48歳の子供
としてバンコク中央病院で生まれる。兄2人、姉1人、弟1人の5人兄弟の4番目に
なる。小学校、中学校はチェンマイのワットサンカヌア学校で、8歳よりアコム チュウ
セン氏よりモエタイを習う。そして初リングは、リングネーム インシー ダムにて1ラ
ウンド ノックアウト勝ちする。高校はバンコクで学び、16歳でルンピニ スタジアム
にあがる。リングネームは、スット ギエットブスパーで初戦相手は、ウオウエン ソ
ー ブンヨンで判定勝ち。モエタイは、70戦60勝7敗3引き分けが通算成績。
独特の化粧、白粉を塗る仕草、鏡を見る仕草の戦いの踊りは、古くからあったが誰も
踊らずパリンヤが引き継ぐかたちになり、チェルエ ケヌオング師より学ぶ。サムロイ
パーペンと呼ばれる型だそうです。
性転換は、17歳の時からはじめたそうです。避妊薬ピルを飲み続けまずホルモンの
転換をはかり、乳を盛り上げる。そして乳の整形からはじめ、性転換、喉仏除去まで
大きな投資をしてきたそうです。
モデルからはじめ、グラミー社のパリンヤ一代記ビュテフルボクサー出演などしてき
たが、現在はパタヤ、フェーテックジムのPR係、ここは外国よりの練習生が多い事か
らだそうです。
将来の夢は、パチョップキリカン県パンぶりで、自分のジムを開き子供たちにモエタ
イを教える事だそうです。
好きな食べ物は、プーパットポンカレー(蟹のカレー炒め)はじめシーフードだそうです。
今回の撮影でもまだまだ激しい動きを持っていました。
その後、チェンマイで新たなオカマボクサーでたようですが、何時の間にか消えてしま
いましたね。
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