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タイで30年 テレビ・CM製作のコーディネーター タイミカサ

ヤソトンバンファイ、ロケット祭り年々盛んになっております。

2009年度ロケット交流が明日から(5月8日)スタートいたします。
タイのバンブーロケットは、バンファイト呼ばれ日本でも広く知られるように
なってきました。現在では東北タイを中心に多くの県、場所で大小ありま
すが、この5月以降、雨季入り時期に打ち上げられます。特に埼玉県秩父
市(旧吉田町)が、1994年ヤソトン県ヤソトン市と伝統文化交流団を派遣
し、相互に交流を深めており、年々盛大な祭りになってきております。県お
越し、市お越しになっております。ヤソトン市は、年々市内が整備され美し
い町並みが見られるようになっております。
本年も埼玉県秩父吉田の方々が、5月8日ご到着、その夜ウボンラチャタ
ニラジャパット国立大学との交流会をスタートに、9日ヤソトンに向かい、山
車に乗せられたロケットのパレードに参加、10日打ち上げと、5日間にかけ
て開催される祭りに共同主催と言うかたちで参加されます。ヤソトンでは、
これまで雨乞いの意味を持って、出来るだけ高く高く上がるが良いという打
ち上げであって、年々火薬量が多くなる事で、暴発事故が多発など死人も
出たほど。最近では吉田龍勢ロケットの参加交流で、低くても美しいロケッ
トになってきている傾向が見られます。東北タイは、タイ国土の三分の一を
占めるが、赤土の粘土質、乾季にはからからに乾き地割れが見れるほど、
雨季には大洪水と灌漑水利も万全でなく、雨季から乾季へと水位の大きな
変化は塩土化を高める。東北タイでは、雨季の訪れが非常に重要になるわ
けで、バンファイを打ち上げ雨乞いをするわけであります。うまく上がれば大
きな歓声が、思うように飛ばなければ、泥土池に打ち上げ者はほおり込ま
れるなど、祭りは作物の豊凶を占う儀式でもあります。
秩父市とヤソトン市の交流の経緯は、1994年6名の旧吉田町役場石嶋
氏を団長とする交流団に始まり、1995年石間戸団長以下8名がヤソトン
市招待で訪タイ。大きな転機を迎えたのは、1996年横田団長以下8名が
ヤソトンを訪れバンファイ祭りに参加、その際にヤソトン市長ウイラワット氏に
吉田町よりの招聘状を渡され、同年10月10日の龍勢祭りに46名のヤソ
トン訪日団が吉田を訪れ、この年より日タイ相互の訪問が始まりました。
1997年には、吉田より25名の訪タイ団が猪野町長を団長に実施されて、
1998年にはサマイ ホンセンヤソトン県県知事を団長に55名の訪日が実
施され、年々活発になると共に、1999年には、町田団長他9名の訪タイの
の際、姉妹都市提携の調印式が行われました。同年ヤソトンより45名の訪
日団が訪れ、日本に手の姉妹都市宣言調印式がなされ、2000年には、スリ
ワンワリー マヒドン王女殿下がご参加されたり、2002年には、交流10周
年記念としてヤソトン市よりパレード山車が寄贈されました。2003年よりは、
文化交流のバックアップたるウボンラチャタニラジャパット国立大学学長の参
加と民族衣装の贈呈もありました。タイ観光庁の積極的参加協力もありまし
て、本年度(2009年)には、学生交流などのホームスティーなど積極的交
流に進んでまいる様相です。
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