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タイで30年 テレビ・CM製作のコーディネーター タイミカサ

タイの山岳民族、思いつくままその6

しばらく時間空けてしまいましたが、丁度山岳民族アカ族に関わります撮影手配
が入りました。
山岳民族は、これだけアクセスが容易になっても、まだ実際の生活では山岳民族
だからの拘束を、受けている事が多いようです。
以前調べました民族分布、メーサリエンでは、ラワ族53軒、サコーカリエンの村、
ポーカリエン40軒の村が見られる。ホットには、ラワ、黒ラフー、ロワカリエン、ポー
カリエン、サコーカリエン、カヤカリエンの村がみられる。チョムトンには、ラワ族49
軒、11軒、48軒、21軒の村がある。サンパトンには、メオ族36軒、26軒、24軒
が点在。チェンマイのドイプイには、モン族の部落が。メーテンには、21軒のモン族
の部落が。チェンダオには、35軒のモン族の村とヤオの部落が。ファンには、69軒、
13軒のヤオ族の村、チェンライ県ウエンパパオには、モン族、カレン族の村があり、
ここのモン族は白モン族。メースウエイには、ドイワウイーの奥深い山があり、アカ族、
モン族、リス族、ムソー族など多く住んだ村がある。メーチャンエリアを中心に、モン
族、ヤオ族、リス族、ラフー族、アカ族の多くの村がある。チェンコン、チェンカムのラ
オス国境には、モン族、ヤオ族、ワ族の多くの村が見られる。など山中に入り細かく
情報を集めた時がありました。
今回、その中のドイワウイー山中心のアカ族、セーチャルンのアカ族の村に入りまし
た。ローヤルプロジェクトなど多くの援助が入り、また山深いエリアから移住を余儀な
くされ、40年以上になるのですが、電気などと村の統制はタイ内務省の努力によって
整備されておりますが、教育の部分で後進性が出ております。以上により零細農業を
強いられ、収入について問題があり、生活は出来るが子供の教育費までは手が廻ら
ない。村には小学校はあるが、更に義務教育を進めるためには、山をおり、町に寄宿
しながら通学しなければならない。そこで各種ボランテイアの動きになるのであるが、
多くは宗教団体で、もろもろ魂、霊信仰の山岳民族の中に入り込み、不況をするので
あるが、その宗教に入らねば恩恵を受ける事が出来ない。非常に差別的な動きに逆
になってきてる姿が見られる。その中でタイ仏教サンガと言うより、寺院の中で仏教の
特殊性出家と言う形で、中高教育を受けさせる動きがある。仏教、僧侶を守る在家信
者が、更に出家した山岳民族少年僧に手を差し伸べているのである。少年僧になれば
托鉢にて食を得、更にお布施として現金を受け取る事が出来もする。依って少年僧の
中には、親への仕送りも出来る少年僧も居る事になる。但し数多い山岳民族の中、少
年僧の枠は厳しくチャンスは少ない。チェンマイ、チェンライ、アユタヤ、シンブリ、ソン
クラ(南タイ)など、100人単位で毎年出家をさせるのであるが、それでももれてしまう
者がでる。村の小学校では、事実先生の質の問題、通学日数などから自分の名前も
かけない者などもおり、やはり山岳民族としての悲哀も絡みます。今回、そんな村に2
年前に出来た僧侶が一人の寺院に、5人の少年僧を初めて出家させる儀式を追ったの
であるが、地方サンガ団体なども興味を示して、5月から始まる新学期には在家に戻ら
ぬ少年僧は、メースウエイのチェディールアン寺院内の中学校への進学も認められた。
村での出家式では、民族衣装を着た大人達と少年が民族楽器を先導でパレード、寺院
前で親、育てる祖母と出家の別れ、さらにその者の足を洗って、育ててもらった恩を謝し
て、その者をはじめとして親族たちによる剃髪、そして白衣に身をつつむ。村人にとって
参加するはじめの儀式、子供たちも厳粛になり、親たちの目には涙がありました。普通
ですと、選ばれた子供と親が、決められた場所に行って出家の儀式をする訳で、大部分
の村人は、初めて目にする儀式でした。
この後少年達は、親たちを先導に、黄色い衣、鉢などを持ち、本堂の中に入ります。ニッ
パ椰子葺の町にはみられない本堂の中には、すでにメースウエイ仏教サンガの長、プ
ラクルースントン僧(この方が仏教界の出家の資格を持ち、この資格者でなければ出家
資格を得られず、全国どこの寺院にも行くことが出来ず、偽僧侶扱いになってしまう事に
なる)、副サンガ長2名、寺院住職、サンガ所属僧が座し、少年たちを迎える。そして出
家のお経と10項(一般僧は、226条の守るべき戒律)の守るべき戒律の確認があり、
その後副サンガ長僧の手によって黄色い衣が着せられ、一人前の少年僧になった。そ
の後、村人たち全員のお布施で作った僧侶1日最後の食事の寄進を受けて食事をして、
僧侶へのお布施が最後に渡される。少年僧も例外でなくこのお布施を受け、最初の少年
僧としての喜びを受ける事になったはずである。少年僧といえ、母親など女性には触れら
れないことなど、僧門の規定に従い、日が高くなってからは、噛む食事を一切出来ず、流
動物のみになり、厳しい第一日になるのである。
今回の撮影においても、この出家式の後更に少年僧としての生活、与えられた勉強でき
る機会に、強く進もうという少年が2人意思表示されたし、彼らの後輩、同輩が出家した
意思と、そんな機会を得たいという希望者が多く出ていた。
山岳民族については、次回にいたし、今回は、この少年僧の話題を取り上げさせていた
だきました。
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