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タイで30年 テレビ・CM製作のコーディネーター タイミカサ

タイの山岳民族、思いつくままその5

ラフー族について、今回は記述してまいります。
ラフーシェレー族ですが、女性は前髪を剃ります。頭に6つの魂が宿ると考えと同時に、
美しさも表しているそうです。侍の月代剃りと全く同じ感じです。
ひょうたんを使った蒸留酒つくりの道具があったり、型に入れて叩き、ブローチなど銀細
工の道具があったりします。
また、一年に一回、村の中心の柱の建て替えがなされますが、その際に使用される太
鼓、独特なものがあります。
料理方法では、竹の節を中心に細工、川魚プラタキエン、プラカオをここにいれ、唐辛子
赤たまねぎ等を入れて蒸し焚きしたりします。中にもち米を入れますれば、中部タイでも
食されるカオラムという竹蒸しおこわになります。
ノックレーと言う鳥を捕獲する際、アンノウと呼ばれる鳥もち使用もあるそうです。これは
木に立てかけた竹の先50センチに鳥もちをつけるそうです。夕方、晴れの日は避けて、
5-6時ないし9-10時頃に仕掛けるそうです。
脱穀に、ホッケーのステック状のチャヨクルー又はテイーカオと呼ばれている者を使用い
たします。
新年の踊りのリーダーは、曲によって決まっている、昔は50ステップで今は7ステップ
踊りをリードしていくそうです。
日本にもあったそうですが、石、砂のない90パーセントの土を、特に女性で妊婦が好ん
でたべるそうですが、タバコと同じ効果あるそうですが ?
耳飾は、左右に1本ずつ耳たぶの穴に入れるそうで、マンサッパランの川から抜いた枝?
でしょうか、それを入れることもあるそうです。
彼らの明かり、蝋燭は蜂の巣からつくり、まず蜂の巣を煮る、汚れが沈殿し、上澄みを
容器にいれ乾燥させ、その後芯にまきつけて作るそうです。

続いてメオ(ネコ)族と呼ばれるモン族について。。。。。。。。。。。
モン族には、モンディオ(白メオ)、モンキィオ(緑メオ)と着るものなどで分けられますが、
彼等は中国チベット語族になり、約3000年前にチベット、シベリア、モンゴルから中国
に、そしてラオス、北部タイに移住してきた者で2393年ごろには、ラオスルアンプラバン
周辺にいたそうです。2526年4、000、000人居るといわれております。タイ国内には、
245村58.000人13県にいるといわれております。ぺチャブン、チェンライ、チェンマイ、
ターク県などです。
モンキィオ緑メオはローケツ染めを良くし、茶色系などは、蜂蝋を乾かして作り、布を一緒
に煮て染色。他有名な愛染めなどがある。日タイ交流の話がよく出るが、この交流につい
ては、日本の歴史に左右する産物もあったのです。例えば日本の階級制度になくてはな
らぬ着物の、朱、紺など色はタイから藍の木が送られなければ出来なかったとか、甲冑、
刀の柄や鞘には、タイから送られるエイの皮がなければなりませんでした。
モン族の家は、入り口は山に向かって反対側に作られ、7-8軒が1グループになって村
作りが始まります。そして家族構成では、一番下の子どもが家に残って、継ぐ形だそうで
す。17-18歳が結婚適齢期。母や子より年上の者、または近親の者とは結婚しないそ
うです。若い2人が知り合うのは、新年の行事、黒い布のボールを12メートルの間で男女
に分かれて投げ合う時が、結婚相手を捜す時だそうです。この時に投げられて気に入らな
ければ友人に投げ返し、ボールを投げ返してもらえない時は、1ボールに1曲歌を歌いまし
て、新年後に村人が若者にチャンスを与えてくれるそうです。
モン族の若者は、2人の嫁と10頭の馬を持つのが夢だそうです。
結婚の申し込みは、まず男性が両親に話す、女性がその後男性の両親に逢う。女性を家
にいれる。そして男性の父親が女性の父親に逢い、女性が家族の一員である事を告げる。
今度は、女性の母親が女性を連れ戻しに来て、略奪と告げる(この意味は女性に価値あ
ることを告げる)儀式があって、男性が結納を渡し正式に女性を連れ戻す。この結納は、銀
5テング(1テング378.5グラム=3.000-3.500バーツ)、直ぐ結婚できるか否かは
結納がスムーズかどうかに関わるそうです。お金が難しい場合、男性が女性の家に入り、
実働で働いて支払う事も出来るそうです。
結婚式は、男性に家で行われ、2匹の豚、鶏2-4羽、モンの酒10本が使われるそうで
す。鶏1羽はピーと言われる霊に奉げられる為テーブルに置かれ、嫁としてきて夫々が杯
を干して宴が張られる。男性側の宴が終わると、鶏2羽と酒を持参し嫁側の家に行き宴を
あげる。客と新婦が1杯ずつ杯を上げていき、20-30人場合は新婦の代理人が杯を受
けることが出来るそうです。
そして新婦を新郎の家に連れて行き無事結婚氏が終了するそうです。
出産について、子供は生まれてから3日間は、ピーと考え、この間に死んだ場合は葬式
等一切しないそうです。子供を産んで3日間は、出産婦は火の近くにおり、その後寝室に、
20日間はご飯と鶏肉のみの食事を決められるそうです。1ヶ月後普通通りの仕事と夫と
一緒に寝られるそうです。
葬式は、3発の銃を撃つことで村中に知らせるそうです。
死体の体を洗い、礼装(これは事前に妻が夫と自分の物を作っておくそうです。)を着せて、
死後の道があるので靴を履かせるそうです。鶏を殺し死体の頭の上に祭り、暑ければ羽の
下に、雨が降ったら尻尾に告げるそうです。葬式用の魂の太鼓2つあるそうです。


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