タイで30年 テレビ・CM製作のコーディネーター タイミカサ

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ミャンマ思いつくまま。。。。。。

動物物では、面白いネタがございます。
以前タイカンボジアと国境を接するウボンラチャタニ、チョンメックからの
メコン川、1年のある時期龍が出ると言われ信じられていた話があります。
タイのテレビ局、デスカバリーなどのヨーロッパ番組の取材もありましたが、
結局これは淡水イルカの何頭かが、水面を飛んでいる姿でした。それが解って
当時局キャラクターだったフジテレビが、その取材に来たりがありました。
このイルカこそイラワジ淡水イルカ、ピンクイルカだったわけです。タイと
ミャンマ国境でもメーホンソン県あたりの対岸を、飛遊する姿を捉えた事も
ありました。
このイラワジ淡水イルカは、海よりイラワジ河を遡って住み着くようになっ
たと言われております。寿命は40年程で10匹ほどの子供を産むそうです。
このイワラジ淡水イルカですが、ミングウオンの鐘で有名なエリアでは、漁
師とイルカの心温まる交流があると言われております。それは、漁師達を漁
場に導き、水面に直立の姿をとり、後方の水面を叩いて漁場である事を知ら
せるそうです。これはまた、水面を叩く事で魚の動きが変わり、漁師にとっ
ては、大漁につながるそうです。また漁師たちは、直ぐに網を上げずイルカ
が食べ終わるまで待つそうです。イルカは食べ終わりますと、また直立の姿
勢をとり戻っていくそうです。
河に因んだ話で、以前のインレ湖足こぎボートがありました。最新の情報を
お伝えいたします。
現在インレ湖には、約30の村があるそうです。ボートレースに参加する村
は、約20の村。現在撮影の拠点の村は、NGA PHAL CHAUNG村が良いようで
す。各村には50戸、70戸、100戸、150戸、200戸、300戸の
家があり、400名、500名、1000名、1500名、2000名から
3000名の村人が住んでいるそうです。
水上市場では、自作野菜、トラディショナルスナック、カレーペーストなど
が売られているそうです。
電気はなく各家で簡易ジェネレターを利用しているそうです。
各人浮き畑を持っており、草で作った浮島の上に水中の水草と泥をとり、浮
島に水草を敷いて泥をかぶせる、水草は肥料にもなる。この浮き島、村と村
で売買される事があり、幅2メートル長さ30メートルで5000円とか。
この浮き畑で栽培されている作物は、トマト、ひょうたん、グルカと呼ばれ
る食用のつた日の果物、唐辛子などが作られているようです。
米は、ここではなく高地で作られておるとの事。
病院は、ナムパン村に1ヶ所で300家屋と3000人の村人で構成されて
いる所です。
乾季の水位は、2.1メートルから3.7メートルほど、浮きになると水位は
更に1.5メートル上昇するそうです。
部族名は、インダー族。ロンジーと言う民族衣装はある。500年ほど前より
水上家屋で生活するようになったとか?。移動の手段はペインゴと呼ばれる船
で、男性は足でこぐ、女性は手ごきで各人買いは持っている。
レースは、子供の部、女性の部、青年の部と分かれており、1組40人で対抗
レースとなるそうです。この40人のレース用の船は、ラウンと呼ばれており
ます。

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ミャンマの山岳民族、思いつくままその1

ミャンマの山岳民族と言いますと、まず絶滅の可能性がでてまいりました。身長
1メートルに満たない伝説の種族、クロン族になると存じます。
2002年9月の時点で、純粋な身長1メートルのクロン族は4名しかおりません。
男性は、65歳、女性は、65歳、45歳、35歳。2009年残っているでしょうか?
なぜ絶滅の危機に瀕しているのか、クロン族はチベット密教的仏教思想、そして
同じ地域に住むカチン族はキリスト教徒、この宗教的対立の戦闘に負けたこと?、
伝統的近親婚によって血統を守り、結婚は交差従兄弟婚(クロスカズン婚)で、男
は母の兄弟の娘と結婚する、このため血が濃くなってしまったこと。異文化の流入
による抵抗力がなかったこと。身長が低いという事で森の精霊として崇められたの
が、何かの理由で悪霊と見られ迫害殺された。高いヒマラヤ山系に住み、険しい
地形の為、また木上の生活や断崖絶壁の住居などで谷底に落下しての死亡事故
が多かった。これらが大きな理由と考えられます。
ただ残るタロン族が65歳などの長寿であることをどのように考えたら良いのでしょ
うか。
純粋なタロン族はみられなくなってきているが、比較的近いとされるカチン族との
間に生まれた子供たちが成長してきている事は、一筆に値すると思われます。
このタロン族を訪れる為には、海抜402メートルのプータオに入る、プータオの人
口6000人。ここに住む人々は、カチン族となりますが、ここに入る為には、ヤンゴン
からマンダレー、ミートキーナ経由週4便F-28Sタイプの空路移動しか外国人は、
方法がありません。陸路移動は、入境許可の問題ありますが400キロの道なき道
の移動になります。
このプータオから車で1日歩いて2日、3000フィートの高地にカチン族を中心に住む
9つの部落がある。気候は12月ー2月はヒマラヤ山系の厳しい寒さもある。プータオ
では、気候が寒ければ数回花を咲かせる。。。。。。黒い蘭。。。。を見ることが出来る
が、30年程前にはこの黒い蘭探しに夢を追ったものでした。他に地成蘭が見られた
り、珍種の蝶、鳥の新種など美しい自然が残されております。またヒスイの露天掘り
があり、チンドウイン川を渡ったウル川上流カチン高原、トーモー地域の山塊がヒスイ
の源といわれるが、ヒスイの眠る川は濁った川底で、モンスーン期には交通が閉ざ
される自然の傘下にある。泥水の中をカチンの人々がひたすら素足で歩き、彼ら独
特の鋭い感覚でヒスイの上を歩く足の裏の感触探し当てるそうである。またこのあた
りではコーヒー栽培も盛んに行われている。興味を引くのは川底から多量に掘り起こ
される砂金ではないでしょうか。日本金30万円ほど投資して古いポンプを新しくする
と、採掘権をいただけるようですよ。。。。。。閑話休題。。。。。。。。。。。。。。。。。。
このプータオに姉サラ当時13歳、弟アウンチャン10歳の2名が、父親タロン族母親
高地カチン族のチン族を持ち、村から出て他の12名の子供たちとともに勉強にでて
おりました。2年に一度奥地に入る医療団の伝手で行われておるようです。1995年
の映像を見ると、つり橋を一人一人渡ったり、竹を束ねた船で竹一本の櫂を使って渡
ったり、岩場が多く狭い砂地にキャンプを張ったり、水は竹ずつに入れて飲んだり運
んだりで険しい山岳部の移動をしております。約18日間かけて勉強にでてくるわけ
です。クロン村と呼ばれるところからでてきておりました。途中ラワ族の部落、日本人
は入った事のないダザウ村、タファンダム村、このあたりでは、囲炉裏、水車脱穀な
どがみられております。チベット族もみられます。カチン族の村の床柱には牛の頭が
掲げられおり、これが各家の位を表すそうです。また寝室には夜這いようの別の扉が
あるそうです。いのししの牙の帽子があり、これはリーダーの象徴だそうです。また
昔の戦闘集団カチンの毒矢なども見られます。タロン族の住む村には、このような種
族の住む村々を経由して向かう事になります。かかっている橋は一本橋、簡易なつり
橋などで断崖絶壁を移動してまいります厳しい場所になります。

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